デビューから瞬く間にスターダムを駆けあがっていった、アメリカ合衆国のシンガー・ソングライターKesha。
母子家庭で育った彼女は、母の影響で10代のころから楽曲制作に取り組んでいたが、デビューまでは苦しい生活を強いられていた。
プリンスの家に忍び込んだり、パリス・ヒルトンの自宅に粗相をしたり…と、コメディ映画さながらに散々やらかしてきたが、全てを芸の肥やしにしてしまうようなパワーがある。
Raising Hellの歌詞世界にも、そんな経験が一部詰め込まれていることが分かるだろう。
辞書によると、raising hellとは"ちょっとした楽しみのためにトラブルを起こすこと"。
<騒ぎを起こすまでは天国に行けないわ>という、洒落た文句がサビの主題なのである。
この曲は2020年発表の4枚目のアルバムHigh Roadに収録。先行シングルとして前年にリリースされた。
フィーチャーするのはBig Freedia。
ニューオーリンズ式Hip-Hopである「バウンス・ミュージック」の世界でよく知られるラッパー…なのだが、この人選には非常に意味がある。
なんといってもこの楽曲、随所にディープ・サウス(ニューオーリンズなど、合衆国最南部を指す言葉)を意識したような表現が垣間見えるのだ。
ガンガンに踊れるEDMだが、ベースとなっているのはモロにゴスペルである。これをクラップとマーチングドラム、そしてロック調のピアノが派手に支えている。
歌詞にも南部カルチャーがにじみ出ていて、パーティに着ていく"晴れ着"のことを"Sunday best"と表現したりしている。
南部の黒人たちは、毎週日曜日にはとびっきりめかし込んで教会に出かけるのが習慣化している。そんなきらびやかな様子を端的に言い表すフレーズに聞こえる。
もっとも、歌詞では神やらブッダやらがずいぶん下品に扱われていて、そこはあくまでポップミュージックなのだけど。
MVも徹底している。ゴスペルミュージシャンたちが登場するし、Keshaが暮らす豪邸もニューオーリンズ風。
そしてもう1点、Big Freediaのセクシュアリティも楽曲にとって重要な意味をもつ。
声や体格から分かるとおり、「彼女」は男性なのである。性転換をしたわけではなくゲイの男性として生活しているが、ファンやメディアは彼女を"she"と呼ぶ。
Keshaは自身がバイセクシャルであり、LGBTQ+の権利向上にも熱心な人物。この曲でも、最後の最後にこう歌っている。
<隠すことなんてないのよ これが私たちの救済なの>
どんちゃん騒ぎの陰に隠れて、なかなか力強いメッセージを放つ。トラブル続きのKeshaにしか書けない渾身の一曲ではなかろうか。
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